2007/9/24 横浜アリーナの記憶


本当はTwitterにつらつら書こうとしていたけど、長くなりそうなのでついにはてなブログとやらを始めてしまいました。長文で書き殴りたい時用の吐き棄て場です。


私が以前やっていたCROOZブログ(時代の流れを感じる)の記事を読んで頂いてた方がもし、万が一にもこの記事を見つけて下さったら、内容が被っている所が多いかもしれません。あしからず。


はてブロって理論的というかデータを元に素敵な記事を作ってる方が多い気がするけど、ここは完全自己満感情論日記です!!!

ちなみにしぬほど長いです!お暇を持て余している方のみどうぞ!



前置きはこの辺にして。



JUMPに新しい波が来ているいま。あふれる結成おめでとうの文字。当時あの場に居合わせたJUMP担はどれだけ残っているでしょうか?



八年前の2007年9月24日、Hey!Say!JUMPの結成発表が横浜アリーナで行われた日でした。


それと同時に、私が世界で一番大好きなグループYa-Ya-yahを生でみることができた最後の日でした。


正直、八年経った今でもこの順位は変わらなくて、きっと一生一番は変えられなくて。心の底からおめでとうと言えない自分がいます。ごめんなさい。(勿論ちゃんとここまで成長してきた、頑張ってきたお祝いをしたい気持ちはあるけど)




そんな、ずっと心の中に、鉛のように重く残る、でも刹那的で美しい青春の小箱のような、とあるヲタクの記憶。


(個人的に人生で一番楽しかった)2007年夏のお台場大冒険で発表されたジャニーズJr.の横アリ公演2days。


当時はYa-Ya-yah、JJ、えび、きすまい、Q?、そして旧7。Jrの中でもグループが組まれるのが当たり前、選ばれなければ干され。(最近のJrはまたこの体制になってきた気がする)

それぞれグループではオリジナル曲を数多く持ち、2006年からお台場、代々木、武道館、お台場と続いてきたJrコンサートはセトリや演出やMCにも安定感があったし、何より近くに迫った4年に一度のバレーデビューに向けてのバチバチ感、ギラギラ感がまさに青春!!!でとても魅力的だった。



Ya-Ya-yah、薮くんのファンである私は、正直デビューはほぼ確定した気持ちでいた。


当時のJr.グループ戦国時代において、Ya-Ya-yahは唯一、4年続くテレ東冠番組を持ち、過去にCDを出し、横アリ単独公演を二回行い、サマリーだってやってる。オリジナル曲だって一番多い。何よりジャニー喜多川社長が新聞記事でデビューをほのめかすコメントを出していたこともあった。安心し切っていた。



それでもやっぱり、当時盛り上がってた2ちゃ●ねる等では「バレーデビューはNEWSの悪夢を思い出せ」「Kittyのように各Gから選抜されるかも」「そうなったら4TOPS.KKKのように既存Gは解体になる」という意見もあって、大きな希望と少しの不安を持ちながら会場に向かった。



前日の9/23公演はそれはそれは楽しくて(薮くん入所日おめでとうしか考えてなかった) 

JJのグループ名が呼ばれず、伊野尾、有岡、高木、橋本、亀井など個人名で呼ばれたり、受験が終わり帰ってきた(今をときめく朝ドラ俳優)浅香さんが外周に青のノースリーブ衣装で踊っていて切なくなったり、少々気になることはあったけど、

Ya-Ya-yahは相変わらずJrピラミッドの頂点の立ち位置にいたし、安泰だと勝手に思い込いんでた。




9/24 1部 10時公演(9時開場)

開演時間早すぎて今だったら絶対起きれない、と見捨てる公演である。


これが薮くん、光くん、他JUMP(割愛御免)ジャニーズJr.としての最後の公演でした。


前日同様、特に変更なくセトリは進み、それでもJr本人達、その場にいたヲタク全員、次の公演に向けなんとも言えない緊張感と重たい空気が漂ってた。


この時既に裏で呼ばれてないメンバーはデビュー出来ないと気づいていたはずだから当然。

呼ばれていたJUMPメンバーはその後記者会見、会場での発表が控える不安と、今隣にいる仲間を出し抜いてデビューという複雑な気持ちを抱えながらの公演だったはず。


今思えば、たしかにYa-Ya-yahとグループ名を紹介されなかったような気がする。それでもセトリにUP DOWN Ya-Ya-yahが入っていて、4人がトロッコで元気にポップにユニット名を連呼して歌っていたもんだから気にも止めなかった。プレガのライトセーバーかっこよすぎてしぬ…!!赤衣装ちょうすき…!くらいのテンションだったと思う。



そんなとき一気に私の緊張感のスイッチを押したのは、他の誰でもない、薮くんだった。


コンサート終盤のバラード、Days

当時の彼等の状況にピッタリとはまった名曲。前日までは「嗚呼、コンサートが終わってしまう、寂しい」という気持ちで涙を流していたが、その公演では違った。


Jrピラミッド(センターステージがピラミッド型にせり上がりそこで歌っていること)最上階


何百人というJrの頂点にいるのは真っ白の衣装を身に纏った薮くん(と光くん)(記憶違いでなければ)(ごめん)だった。


カメラに抜かれモニターに薮くんの顔がアップで映ったとき、彼の目には涙が溜まっていた。そしてひたすら真っ直ぐ前を見つめていた。何を思っていたのかは本人にしか分からない。Jrとして最後のコンサート。周りには戦友たち。

けどまるで覚悟を決めたような凛とした表情で。涙は一滴も落とさなかった。



この瞬間全てを悟ったように心臓がバクバクして、全身が震えてきて。嫌な予感しかしなかった。


公演後すぐ、当時仲良くして頂いてた八乙女担のお姉様と電話をして「薮くん泣いてたよね?!」「どうしよう!こわい!どうしよう!」と一気に情緒不安定に襲われながら



二部、フジテレビでの結成発表生放送。


10人のシルエットが一人ずつ浮かんだ瞬間、薮くんと光くんが居て、太陽くんと翔央くんのシルエットがないことに、瞬時に気づいてしまった。(その時のパンフの写真のシルエットだったからね)その場で泣き崩れて座り込んだ。


まだメンバー本人出てきてないのに急に倒れこんだので、一緒に入っていた従姉妹(当時有岡担)とお隣の嵐担のお姉様に本気で心配され、立ち上がると幕が落ち、10人が居た。やはり探している二人はいなかった。


生放送が終わって、そのまま夜までHEY!HEY!HEY!の収録があると告げられ。

泣き崩れながら、支え合いながら、途中退場する人達、私が見ただけでも30組くらいいた。

私もその場に居られなくて、従姉妹に支えられながら新横浜駅に向かった。


横アリの周りはまさに地獄絵図だった。すれ違う若い女の子がみんな号泣している。もしくは激怒している。きっとあんな横アリの景色もう二度とない。ていうか見たくない。起こってほしくない。


駅に向かう途中、翔央くんと薮くんの団扇を抱えて泣いている2人組がいて、それを見て更に涙がでて、たまらなくお辞儀?会釈?とも言えない謎のアイコンタクトをとって、見ず知らずの2人とわんわん泣いて。



そこからどうやって帰宅したかも覚えてない。ドアを開けたら母(亀梨担)

が心配して出てきてくれたが、私の泣き疲れた衰弱っぷりに何も言わなかった。

今その時のことを聞いたら「泣き崩れっていうか意識飛んでて死んでたよ(笑)」と言われた()


帰って録画した生放送番組を見てまた泣いて、ヲタクの呪いで放送事故起きたんじゃないかとしか思えないHEY!HEY!HEY!をボーーっとみて、そのまま寝た。次の日なんとか学校には行ったけどトイレで泣いてた。

こんな調子が一年以上続く。(暗黒時代突入)


Ya-Ya-yahの番組が終わり、太陽が姿を見せなくなり、翔央が一人でYaの衣装を着てステージに立って。手のひらを返したようにえびきす他担達に叩かれ。JUMP本人達が悪いわけじゃない、って分かっていたけど。


それでもどんなに毎日泣いても、あの日のDaysの薮くんの覚悟を決めたような表情を見てしまったら、離れられなかった。ヲタクの勘違いだけど、ちょっと押せば今にも折れてしまいそうなその状況を支えなければ、と思った。(らいつの間にか2015年で、未だにヲタ卒できず苦悩の日々を迎える…)


後に、あの10人のメンバーでデビューすると決断したのは薮くん本人だったと知る。

17歳でデビューを逃せば次いつデビューできるか分からない、デビュー組の成功失敗も色々みてきた、他の子たちの人生も掛かってる。


大好きなグループをなくされたこと。ずっとずっとその理由を探してた。でも責められなかった。きっと自分が同じ立場ならそうする。

でもやっぱり、もしも、こうしてたら、何か言えてたら、ってモヤモヤはずっと心の中にあって。



なんでこんなこと今更書くのかって、勿論当時を知らない人に、スタートは祝われないデビューであったことを知ってほしい。って思いも少しある。

けど一番は自分の気持ちを消化するためで。

一年に一度この日を思い出すことが償いのような。きっと好きでいる限り一生、罪(ではないんだけどね)の意識を背負うんだと思う。


きっとこれからJUMPは大きく飛躍していくでしょう。というかしてほしい。このタイミングで吐き出しておきたかった。



Hey!Say!JUMP 8周年、

お披露目された時は大嫌いだったけれど、8年経った今、本当に素敵なグループになったなぁと。箱庭現場主義も楽しかったから寂しさもあるけど。ここ最近のメディア進出も。24時間テレビパーソナリティという大役も終えて、続々決まる新しいお仕事に毎回ワクワクしている自分がいます。


この一、二年が大事だろうなってこともなんとなく感じます。


薮くん、JUMPにとって実り多き9年目になりますよう。そして記念すべき10年目に繋がりますよう。


(深夜テンションで書き殴ったのでまとまりのない文お許しください)